大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)910号 判決

原告(反訴被告)

高田明こと金明照

被告(反訴原告)

東茂弘

主文

一1  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間において、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が後記主文第二項1の金額を超えて存在しないことを確認する。

2  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

二1  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金一一三万八四三八円及び内金一〇三万八四三八円に対する昭和六一年九月八日から、内金一〇万円に対する平成五年九月三〇日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  反訴原告(被告)のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その一を原告(反訴被告)の、その九を被告(反訴原告)の、各負担とする。

四  この判決の主文第二項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、「原告(反訴被告)金明照」を「原告」と、「被告(反訴原告)東茂弘」を「被告」と略称する。

第一請求

一  本訴

原告と被告間において、原告の被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  反訴

原告は、被告に対し、金八五一万〇三六四円及び内金八〇一万〇三六四円に対する昭和六一年九月八日から、内金五〇万円に対する平成五年九月三〇日から、いずれも支払ずみまで年五年の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車と衝突した自動車運転者の一方が、同衝突した他方の自動車運転者との間で同交通事故に基づく債務の不存在確認を請求(本訴)し、同衝突の他方の自動車運転者が、同衝突により負傷したとして、同債務不存在確認を請求した自動車運転者に対して自賠法三条に基づき損害賠償を請求(反訴)した事件である。

一  争いのない事実

1  本訴・反訴に共通

(一) 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本訴事故という。)の発生。

(二) 原告の本件責任原因(運行供用者=自賠法三条所定)の存在。

2  反訴

(一) 被告の本件事故後における入通院期間。

赤松外科 昭和六一年九月八日から昭和六二年一月二一日まで入院。

昭和六一年九月七日及び昭和六二年一月二二日から同年五月七日まで通院(実治療日数約五五日)。(ただし、後記争いのある本件受傷の有無と並んで、右入通院期間にも本件事故との間の相当因果関係の存在につき争いがある。

(二) 損害の填補額合計金二一九万五九五六円。

労災給付金一九九万五九五六円、自賠責保険給付金二〇万円の合計額。

三  争点

1  被告本件受傷の存否

(一) 被告の主張

被告は、本件事故により、頸部・腰部・右下肢捻挫傷、外傷性頸部症候群の各傷害を受けた。

(二) 原告の主張

被告の主張事実は全て否認。

本件事故は、その態様において軽微な事案であり、衝突時における衝撃も軽微なものであつたから、被告には、何らの傷害も発生しなかつた。

したがつて、その主張にかかる後遺障害も存在しない。

被告には、本件事故当時、後記主張にかかる交通事故による後遺障害又は私病が存在したから、同人が本訴で主張する症状は、同人の同後遺障害か私病によるものである。

よつて、同人の右症状と本件事故との間には、相当因果関係がない。

2  争点1との関連で、被告の本件事故後における入通院治療(治療期間をも含む)と本件事故との間の相当因果関係の存否。

3  被告における本件後遺障害の存否

(一) 被告の主張

被告の本件受傷は、昭和六二年五月七日、症状固定し、次の内容の後遺障害が、残存した。

(1) 自覚症状

頸部・腰部の自発痛、後頭部・右下肢の痺れ感、右肩部の緊張感、憂鬱感。

(2) 他覚症状

頸部・腰部の他動痛、右側頸部・後腰部の圧痛、頸部の運動制限、神経根圧迫伸展試験陽性、右上腕諸筋腱反射軽度減弱。

(3) 程度

障害等級一二級一二号該当。

(二) 原告の主張

被告の主張事実は全て否認。

同人は本件事故により受傷していないから、その主張にかかる後遺障害も存在しない。

4  被告の本件損害の具体的内容(ただし、反訴請求分。弁護士費用を含む。)

5  被告の本件事故当時における既往症等の存否。

(一) 原告の主張

(1) 被告は、本件事故以前に、少なくとも二度の交通事故に遭遇し受傷している。

(a) 昭和五七年三月二〇日、頸部捻挫の受傷をし、同月二四日から同年六月六日まで山本外科に入院、同月一〇日から同年一〇月一七日まで小原病院へ通院。

昭和五八年一月一九日、頭重、肩凝り、右上肢の知覚障害を残す旨の後遺障害診断を受けた。

(b) 昭和五八年五月一六日、頭部打撲、頸椎及び腰椎捻挫の受傷をし、同月一七日から同年一一月六日まで博愛病院に入院、同月七日から昭和五九年二月二〇日まで同病院に通院。

昭和五九年二月二三日、脳神経症状、頸項部及び腰部における神経症状のため集中力・記銘力の低下、根気の消失、情緒の不安定化等の精神科的症状も惹起し、就労能力にかなりの支障を来す旨の後遺障害診断を受けた。

しかして、右後遺障害は、障害等級一二級該当と認定された。

更に、昭和六一年三月一五日、赤松外科において右傷病名で受診し、同月二四日、同外科に入院、同年七月二一日、退院したが、同年八月二九日まで通院。

なお、右入院も、被告における、バスの乗降が困難である旨の主訴によるものであつたし、右退院も、同人の希望によるものであつた。

(2) 被告には、本件事故当時、私病である五十肩、頸椎・腰椎変形症(頸椎及び腰椎の経年変化による神経症状)が存在した。

(3) 被告が、本件事故によつて発生したと主張する症状は、右二回の交通事故による後遺障害であるか、右私病によるものである。

(二) 被告の主張

原告の主張事実中、被告が本件事故以前交通事故に遭遇しその受傷の治療を受けたこと、同人に本件事故当時私病があつたこと、同人が、本件事故前の昭和六一年三月一五日から同年八月二九日までの間、赤松外科において入通院の治療を受けたことは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

第三争点に対する判断

一  被告の本件受傷の存否

1  本件事故発生は、当事者間に争いがない。

2  証拠(乙二ないし六、一四の1、2、丙一四、証人赤松秀夫、被告本人、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件事故現場のある道路(以下、本件道路という。)は、南北道路〔幅員一〇メートルの車道(センターラインによつて二車線に区分され、片側車線の幅員五メートル。)と同車道に接続しその東西に幅員三・八メートルの歩道が設置されている。〕と東西道路(幅員一〇メートルの車道と同車道に接続して南北に幅員四メートルの歩道が設置されている。)とが十字形に交差する、信号機の設置された交差点(以下、本件交差点という。)の南北道路(本件交差点の南北入口路上には、それぞれ横断歩道が設置されている。)上である。

しかして、本件事故現場は、本件道路東側車線上で、本件交差点南側入口路上に設置された横断歩道の南方に位置する。

本件交差点を構成する右各道路は、いずれも直線状の平坦なアスフアルト舗装路で、原告にとつて、自車前後左右の見通しは、いずれも良好である。

本件交差点付近の最高速度は、時速四〇キロメートルであり、設置された信号機は、本件事故当時作動していた。

なお、本件事故当時の天候は、晴。路面は、乾燥していた。

(二) 被告は、本件事故直前、被告車を時速約四〇キロメートルで運転し、本件道路東側車線上を北方から南方に向け進行して本件交差点北側入口付近に至つたが、自車対面信号機の表示が青色であつたので、そのまま同交差点内に進入した。

そして、被告は、自車が右交差点南側入口横断歩道付近に至つた時、自車左側(左右は、車両運転席に着座して前方を見た姿勢を基準とする。以下同じ。)の歩道と車道の境付近に立ち手を挙げている男性一人を見つけ、同人を自車の乗客と認めこれを乗車させようと自車に少し強めのブレーキを掛け、約二〇・一メートル進行した地点付近で停車した。

被告車は、右停車直後、原告車に追突され、本件事故が発生した。

(三) 原告は、本件事故直前、原告車を時速約四〇キロメートルで運転し、本件道路東側車線上を北方から南方に向け被告車の後方を進行していたところ、本件交差点の北方に至つた際、自車前方の信号機の表示が青色であるのを認め、そのまま同交差点内を通過しようとした。

そして、原告は、自車が本件交差点北側入口横断歩道北側線の北方約一五メートルの地点付近に至つた時、その視線を自車運転席の中央部にある車内クーラーに向け同クーラーの風向きの調整をしたが、被告車はその時原告車の約三二メートル前方を走行していた。

原告が右クーラーの右調整を終えその視線を前方に戻した時、原告車は、既に本件交差点南側入口横断歩道上を通過しかかつていたが、原告は、その時、被告車が原告車の前方約一八・二メートルの地点付近で停車したのを認め、追突の危険を感じ原告車にブレーキを掛けたが間に合わず、自車の前部を被告車の後部に追突させ、本件事故が発生した。

(四)(1) 被告車は、本件事故の衝撃により、同事故前に停車した場所から約一・三メートル前進した。

(2) 原告車と被告車の本件事故による破損状況は、次のとおりである。

原告車 前部バンパー・フエンダー・ボンネツト凹曲損 小破

被告車 後部バンパー凹損 小破

(五)(1) 被告は、本件事故直前、停止した被告車運転席で、乗客である前記男性を乗車させようと、左後方を振り向き体を左に倒してドアーのレバーを開けようとしたとたん、本件事故が発生し、その衝撃で、同人の首部骨に異常を感じた。

同人は、その後二、三分間、じつとしていたが、嘔吐感を覚えた。しかし、同人は、管轄警察署に本件事故を届け出て、実況見分にも立会つたが、調書の作成の段階になつて、気分が悪いので病院へ行きたいと申し出、赤松外科に赴いた。

(2) 赤松外科の担当医師赤松秀夫(以下、赤松医師という。)は、本件事故当日が日曜日であつたにもかかわらず、被告の依頼により同人を診察した。

赤松医師は、右診察時、被告に対して問診し、同人から頸部・腰部・左右肩部の疼痛の訴えを聞き、同人の体を診察して、同人の頸部・腰部に他動的関節運動制限を、頸部・腰部に腫脹・局所熱感を、頸部(左右側)・腰部に圧痛を、各認め、そのうえで同人に腰痛・鞭打ち損傷関係の諸検査(腰痛につきラセーグ徴候・ブラガード徴候の各テスト、鞭打ち損傷につきジヤクソン・スパーリング・イートンの各テスト。)を実施し、これらテストの結果が、いずれも陽性であり、かつ、頸部X線検査(ただし、翌八日に実施した。)の結果に所見異常(外傷性不安定)を認めた。

赤松医師は、右診察結果を総合して、被告には、後記認定の私病があるものの、これとは別に、本件事故により、新たに頸部・腰部捻挫傷、外傷性頸部症候群の各受傷をしたものと診断した。

3(一)  右認定各事実を総合すると、被告は、本件事故により、頸部・腰部捻挫傷、外傷性頸部症候群の各受傷をしたと認めるべきである。

右認定説示に反する原告の主張は、理由がなく採用できない。

(二)  なお、本件において、原告補助参加人日動火災海上保険株式会社、同同和火災海上保険株式会社が平成四年一〇月一二日本件補助参加申出を取下げたこと、同補助参加人らが同取下げ前に証拠として関係文書(丙一ないし一八)を提出していたことは、本件記録から明らかである。

しかして、原告は、右取下げ前に実施された証人赤松秀夫の証拠調(平成元年三月八日、同年五月三一日。)において、右補助参加人ら提出の証拠(丙一一、一三、一四。)を使用して同証人を尋問しているところから、原告は、少なくとも同時点において、同補助参加人らの提出にかかる右証拠を含む証拠全部の援用を黙示的に表明したものと解されるし、一方、被告も、同証人尋問において、同証拠(丙一一、一三、一四。)を使用して同証人を尋問しているのであるから、被告も又、同証拠の援用を黙示的に表明したものと解される。

しかして、民訴法六六条二項は補助参加の申出取下げの場合にも準用されると解するのが相当であるから、前記のとおり本件補助参加の申出が取下げられているにもかかわらず、同説示により、原告・被告双方の援用にかかる右各証拠は、依然本件紛争解決のための証拠となり得ると解すべきである。

二  被告の本件事故後の入通院治療(治療期間も含む)と本件事故との間の相当因果関係の存否

1(一)  被告が本件事故後赤松外科に入通院して治療を受けたこと、その治療期間〔昭和六一年九月八日から昭和六二年一月二一日まで一三六日間入院・昭和六一年九月七日及び昭和六二年一月二二日から同年五月七日まで通院(実治療日数五五日)〕は、当事者間に争いがなく、本件事故の態様の詳細、関係車両双方の破損状況、被告が本件事故により頸部・腰部捻挫傷、外傷性頸部症候群の各受傷をしたことは、前記認定のとおりである。

(二)  当事者間に争いのない右事実及び右認定事実を総合すると、被告の本件事故後における赤松外科における治療と本件事故との間に相当因果関係の存在を認めるのが相当である。

2  次いで、被告の右治療(入通院)期間と本件事故との間の相当因果関係の存在について判断する。

(一) 入院期間

(1) 証拠(丙一一、証人赤松秀夫、弁論の全趣旨。)によれば、赤松医師は、被告に対する前記診断結果に基づき、腰痛により階段の昇降・バスの乗降が困難である。吐気・憂鬱感・全身倦怠感・歩行浮揚感等外傷性頸部交感神経症候群としての自覚症状がある等から通院治療は困難と判断して、被告の入院を決めたことが認められる。

右認定事実に基づけば、被告の右入院と本件事故との間の相当因果関係の存在は、これを肯認すべきである。

右認定説示に反する原告の主張は、理由がなく採用できない。

(2) しかしながら、証拠(丙一四、証人赤松秀夫、弁論の全趣旨。)によれば、赤松医師は、被告に対する理学療法中牽引を昭和六一年一〇月七日に開始し同月二〇日に終了してその後同療法を実施していないこと、同医師は、被告の入院カルテ(全入院期間)における症状・経過及び所見欄中昭和六一年一二月一〇日、昭和六二年一月二一日以外の全記載を赤松外科所属理学療法士に委ねていたこと、しかも、昭和六一年一二月一〇日欄には、郵便局本局へ往復したら気分が悪いと、昭和六二年一月二一日欄には、退院と、それぞれ記載されているだけであること、同入院カルテの昭和六一年一一月二四日付同欄には症状横這い状態と、同一二月一日付同欄には症状少し良くなつて来たようだと、同一二月八日付同欄には症状全般的に大分良くなつていると、それぞれ記載されていること、一方、被告の入院看護記録には、昭和六一年一一月一八日から同月二六日まで特変なしの記載が連続し、同月二八日、同年一二月一日にも同一記載がされていること、同年一一月一三日から同年一二月四日までは主訴に基づく風邪症状の治療関係の記載がされていること、被告の本件退院も、同人の方からの退院して通院にしたい旨の申し出により行われたものであることが認められ、右認定各事実に、前記認定の本件事故の態様、関係車両双方の破損状況等を総合すると、被告の本件入院期間全部が本件事故と相当因果関係に立つと認め難く、むしろ、右認定に基づくと、被告の同入院期間中同相当因果関係の存在が肯認されるのは、昭和六一年九月八日から同年一二月八日までの九二日間(以下、本件相当入院期間という。)と認めるのが相当である。

(二) 通院期間

(1) 被告の本件相当入院期間が昭和六一年九月八日から同年一二月八日までの九二日間と認めるのが相当であることは、前記認定説示のとおりである。

(2) 証拠(乙八)によれば、被告の本件通院状況は、昭和六一年九月七日実治療日数一日、昭和六二年一月二二日から同月三一日までの間実治療日数八日でほぼ連日、同年二月一日から同月二八日までの間実治療日数二三でほぼ連日、同年三月一日から同月三一日までの間実治療日数一六日、同年四月一日から同月三〇日までの間実治療日数六日、同年五月一日から同月三一日までの間実治療日数一日(同月七日)、実治療日数合計五五日であることが認められる。

(3) しかしながら、被告の本件相当入院期間についての前記認定説示に照らすと、被告の本件通院期間についても、右認定の通院期間(実治療日数五五日)全部が本件事故と相当因果関係に立つとは認め難く、むしろ、同認定説示に基づくと、同通院期間中同相当因果関係の存在が肯認されるのは、本件事故日の昭和六一年九月七日と被告の本件相当入院期間最終日の翌日である昭和六一年一二月九日から昭和六二年三月九日までの九二日間(実治療日数三七日)(以下、本件相当通院期間という。)と認めるのが相当である。

三  被告における本件後遺障害の存否

1  本件相当入通院期間に関する前記認定説示に照らすと、被告の本件受傷は、昭和六二年三月九日症状固定したと認めるのが相当である。

右認定説示に反する被告の主張部分は、理由がなく採用できない。

2(一)  証拠(乙七)によれば、被告には、本件受傷の症状固定に伴い、次の内容の後遺障害が残存することが認められる。

自覚症状

頸部・腰部の自発痛、後頭部の痺れ感、憂鬱感、曇雨天時における頭痛。

他覚症状

頸部・腰部の他動痛、右側頸部・後腰部の圧痛、頸部の運動制限等。

(二)  右認定各事実を総合すると、被告には、本件事故と相当因果関係に立つ後遺障害の存在を肯認できるところ、同後遺障害の程度は、障害等級一四級に該当すると認めるのが相当である。

右認定説示に反する被告の主張部分は、理由がなく採用できない。

四  被告の本件損害の具体的内容

1  治療関係費

(一) 治療費(請求金一九九万五九五六円) 金一三三万〇六三七円

証拠(乙八)によれば、被告の赤松外科における治療費(ただし、昭和六一年九月七日から昭和六二年五月七日までの分。)は、金一九九万五九五六円であることが認められる。

しかしながら、本件相当入通院期間についての前記認定説示に照らすと、右治療費中本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての右治療費は、右金一九九万五九五六円の三分の二相当の金一三三万〇六三七円(円未満四捨五入。以下同じ。)と認めるのが相当である。

(二) 診断書等作成費用(請求金一万三〇〇〇円) 金一万三〇〇〇円

証拠(乙八)によれば、被告は、本件受傷に関する診断書・明細書作成費用として合計金一万三〇〇〇円を負担したことが認められ、同認定にかかる同費用合計金一万三〇〇〇円も、本件損害と認める。

(三) 入院雑費(請求金一万三二〇〇円) 金九万二〇〇〇円

被告の本件相当入院期間が九二日と認めるのが相当であることは、前記認定説示のとおりである。

しかして、本件損害としての入院雑費は、右入院期間九二日中一日金一〇〇〇円の割合による合計金九万二〇〇〇円と認める。

(四) コルセツト費用(請求金一万四七〇〇円) 金一万四七〇〇円

被告の本件受傷の内容は、前記認定のとおりであるところ、証拠(乙九)によれば、被告は、腰椎用装具軟性コルセツト費用として金一万四七〇〇円を支出したことが認められる。

右認定各事実に基づくと、右コルセツト費用金一万四七〇〇円も、本件損害と認める。

(五) 治療関係費の合計額 金一四五万〇三三七円

2  休業損害(請求金一八三万四五八四円) 金一六〇万〇〇六〇円

(一) 被告の本件相当入通院期間が昭和六一年九月七日から昭和六二年三月九日までの合計一八四日であることは、前記認定説示のとおりである。

(二) 証拠(乙一〇、一二、一三、被告本人、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 被告は、本件事故当時、神戸市灘区都通二丁目所在栄タクシー株式会社にタクシー運転手として勤務し、一日平均金六七八〇円の収入を得ていた。

(2) 同人は、本件相当入通院期間中右勤務に就くことができなかつたから、同期間中右会社からの給与支給は全くなく、無収入であつた。

(3) 同人は、右会社から支給される賞与の内昭和六一年一二月一〇日支給分金一九万四八六〇円(対象期間昭和六一年五月二一日から同年一一月二〇日までの一八三日、対象期間内の欠勤による控除日数昭和六一年九月七日から同年一一月二〇日までの一三五日。)及び昭和六二年七月一〇日支給分の内金一五万七六八〇円(対象期間昭和六一年一一月二一日から昭和六二年五月二〇日までの一八一日、対象期間内の欠勤による控除日数昭和六一年一一月二一日から昭和六二年三月九日までに一〇八日。なお、同控除日数が、昭和六一年一一月二一日から昭和六二年四月二〇日までの一五〇日の場合、減額された賞与額は、金二一万九〇〇〇円である故、同期間内における一日の減額は、金一四六〇円となる。したがつて、同控除日数が一〇八日の場合、その減額は、金一万七六八〇円となる。)の合計金三五万二五四〇円の賞与支給を受け得なかつた。

(三)(1) 右認定各事実を総合すると、被告に本件損害としての休業損害の存在を肯認すべく、その合計額は、金一六〇万〇〇六〇円となる。

(6780円×184)+35万2540円=160万0060円

(2) なお、被告は、昭和六二年四月分給料中の減額分金九万八六二四円も本件休業損害中に含まれる旨主張している。

しかしながら、被告の本件受傷が昭和六二年三月九日症状固定したこと、それに伴う本件後遺障害の残存及びその内容は前記認定説示のとおりであり、同人に本件後遺障害による逸失利益の存在を肯認し得ることは後記認定説示のとおりである。

そうすると、被告の主張する昭和六二年四月分給料の減少は、右後遺障害による逸失利益の存在を肯認するための一資料となり得るし、その減額分は、同逸失利益中に含まれ賠償の対象となると解されるから、同減額分をもつて、本件休業損害中に含ましめるべきでない。

よつて、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

3  本件後遺障害による逸失利益(請求金一二三万四八八〇円) 金二三万〇三二〇円

(一) 被告の本件受傷が昭和六二年三月九日症状固定したこと、それに伴い同人に障害等級一四級該当の本件後遺障害が残存すること、その内容、同人の本件事故当時の収入が一日平均金六七八〇円であつたことは、前記認定のとおりである。

(二)(1) 証拠(乙一一、被告本人、弁論の全趣旨。)によれば、被告は、本件症状固定後前記会社におけるタクシー乗務に就いたが、本件後遺障害のため本件事故前と同じ乗務ができず、したがつて、その収入も減少したことが認められる。

(2) 右認定事実に基づくと、被告は、本件後遺障害のため、その労働能力を喪失し、その結果、実損、すなわち経済的損失を被つたと認められる。

よつて、被告につき、本件損害としての後遺障害による逸失利益の存在を肯認すべきである。

(三)(1) 被告の本件後遺障害による労働能力を喪失率は、前記認定にかかる本件後遺障害の内容及び右認定事実を主とし、これに所謂労働能力喪失率表を参酌して五パーセントと認めるのが相当である。

(2) 同人の右労働能力喪失期間は、前記認定にかかる本件後遺障害の程度に鑑み、二年と認めるのが相当である。

(四) 右各認定を基礎として、被告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算方法にしたがい中間利息を控除して算定すると、金二三万〇三二〇円となる(新ホフマン係数は、一・八六一四。)。

(6780円×365)×0.05×1.8614≒23万0320円

4  慰謝料(請求金四九五万円) 金二六〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、被告の本件慰謝料は、金二六〇万円と認めるのが相当である。

5  被告の本件損害の合計額 金五八八万〇七一七円

五  被告の本件事故当時における既往症等の存否

1  被告が本件事故以前交通事故に遭遇しその受傷の治療を受けたこと、同人に本件事故当時私病があつたこと、同人が本件事故前の昭和六一年三月一五日から同年八月二九日まで赤松外科において入通院の治療を受けたことは、当事者間に争いがない。

2(一)  証拠(甲四、五、乙一四の1、2、丙七、一一、一三、証人赤松秀夫、被告本人、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 被告は、昭和五八年五月一六日午前八時三〇分頃、神戸市内において、同人の運転するタクシーと右折車とが衝突して受傷し、翌一七日、神戸市中央区栄町通三丁目所在神戸博愛病院において診察を受けたところ、同病院の担当医師は、被告の同受傷を頭部打撲、頸椎・腰椎捻挫と診断した。

被告は、右受傷治療のため、右病院に昭和五八年五月一七日から同年一一月六日まで一七四日間入院し、同月七日から昭和五九年二月二〇日まで通院(実治療日数四六日)した。

同人の右受傷は、昭和五九年二月二〇日症状固定し、後遺障害が残存したところ、同後遺障害の内容は、次のとおりであつた。

自覚症状

常時、頭重感、後頭部・項部の違和感・牽引感、腰部の圧迫感・硬直感が有る。

しばしば、頭痛・眩暈・吐き気・項痛・腰痛等が発現し、増強する。

右各症状は、特に悪天候時に亢進する。

他覚症状

後頭神経・項筋群・腰筋群の圧痛、脳波における軽度異常所見あり、頸椎運動制限。

しかして、被告の右後遺障害は、障害等級一二級該当の認定を受けた。

(2) 被告は、昭和六一年三月一五日、赤松外科に赴き、頸痛・腰痛・左肩痛を訴え、同年一月中旬頃より腰痛が増強し階段の昇降が困難になつた。左肩痛が特に夜間増進し睡眠の障害となつている旨述べた。

赤松医師は、被告を診察し、頸椎・腰椎変形症、根性頸部腰部神経痛、左五十肩、左肩関節機能障害と診断し、治療を開始したが、同月二二日、被告から、バスの乗降が困難である故入院を希望する旨の申し出を受け、同月二四日、同人を入院させた。

被告は、昭和六一年三月二四日から同年七月二一日まで右病院に入院していたが、同退院は、同人の退院し通院に変わりたい旨の申し出によるものであつた。

同人は、右退院後、同年八月中に二回通院したが、第二回の通院である同月二九日以後通院しなくなつた。

同人の右症状は、昭和六一年八月二九日当時完治していなかつたところ、その内容は、頸部・左肩部の他動痛、頸部・腰部の他動的関節運動制限、頸部(左側)の圧痛、神経根圧迫伸展試験(ラセグ徴候・イートンテスト)陽性、頸部X線検査所見異常(加齢性変形症)であつた。

(3) 赤松医師は、被告に対する昭和六一年九月八日付X線検査結果においても、同人の頸部及び腰部に経年性の変化を認めていた。

3(一)  右認定各事実を総合し、これに、交通事故に基づく損害賠償請求事件において、被告の前記認定にかかる昭和五九年二月二〇日症状固定による後遺障害と同種後遺障害の存続期間が、通常二年から三年とされている点を合せ考えると、被告における昭和五九年二月二〇日症状固定の後遺障害及び同人の前記私病の存在が被告の本件治療期間を伸長させ、同人の本件損害を拡大させたというのが相当であつて、かかる場合に、被告に生じた本件損害の全てを原告に負担させることは、不法行為責任としての損害の公平な負担という立場からみて不当というべきであるから、民法七二二条二項所定の過失相殺の規定を類推適用して、被告の同後遺障害及び同私病の存在を、同人の本件損害の減額事由として斟酌することができると解するのが相当である(最高裁平成四年六月二五日第一小法廷判決判例時報第一四五四号九三頁参照。)。

(二)  なお、証人赤松秀夫は、被告の前記私病治療の終診時同人に昭和五八年五月一六日受傷に起因する後遺障害の影響はなく、したがつて、本件受傷治療にも同後遺障害の影響はなかつた旨供述している。

しかしながら、同証人において、同時に、同人の右判断は、被告の本件事故後における診察の際の申述、すなわち、同人に本件事故当時右後遺障害に基づく症状はなかつた旨の申述及び同医師の統計的前例、すなわち、同種後遺障害は経年とともに軽減し消滅して行くとの統計的前例に基づく推測に、その根拠を置く旨供述しているのであり、同両供述を対比検討すると、同医師の右後遺障害は本件受傷の治療に影響がなかつた旨の右供述は、純粋な医学的見地に基づく供述とは認め得ない。

それ故、右後遺障害の存在と本件受傷の治療期間に関する前記結論は、右医師の右供述によつて左右されないというべきである。

(三)(1)  しかして、右後遺障害及び右私病の存在の本件損害に対する減額度は、前記認定説示の全事実関係に基づき、四五パーセントと認めるのが相当である。

(2) 被告の本件損害金五八八万〇七一七円を右説示に基づき減額すると、その後に被告が原告に請求し得る本件損害は、金三二三万四三九四円となる。

六  損害の填補

被告が本件事故後同人の本件損害に関し合計金二一九万五九五六円を受領したことは、当事者間に争いがない。

そこで、被告の右受領金合計金二一九万五九五六円は、本件損害の填補として、同人の前記認定にかかる本件損害金三二三万四三九四円から、これを控除すべきである。

右控除後の被告の本件損害は、金一〇四万八四三八円となる。

七  弁護士費用(請求金五〇万円) 金一〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金一〇万円と認めるのが相当である。

第四全体の結論

以上の全認定説示に基づき、被告は、原告に対し、本件損害合計金一一三万八四三八円及び弁護士費用金一〇万円を除いた(被告自身の主張に基づく。)内金一〇三万八四三八円に対する本件事故日の翌日(被告自身の主張に基づく。)であることが当事者間に争いのない昭和六一年九月八日から、弁護士費用である内金一〇万円に対する本件判決言渡日の翌日(被告自身の主張に基づく。)であることが本件記録から明らかな平成五年九月三〇日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

よつて、原告の本訴請求並びに被告の反訴請求は、いずれも右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれらを認容し、その余は、いずれも理由がないから、これらを棄却する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六一年九月七日午前一〇時一〇分頃

二 場所 神戸市中央区神若通二丁目三番一一号先路上

三 加害(原告)車 原告運転の普通乗用自動車

四 被害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

(タクシー)

五 事故の態様 被告車が、件事故現場において、乗客を乗車させるため停車したところ、折から、原告車が、被告車の後方から同一方向に進来して、被告車の後部に追突した。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例